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悟りを開くとは

テーマ:コラム

今、この地球は目覚めの時代と言われており、そんな悟りを開く人が急増していると言われています。

【悟りを開く】という事は、【自我の感覚の終焉】を指します。

悟りを開くと、人間は分離した実体のある存在ではなく、全てが一つ…つまり【ワンネス】であると気づきます。

悟りを開くと、自分が人生という劇の演者でしかないことを確信します。

多くの人は、自分が人生の演者そのものだと信じ、その演者と肉体の寿命が尽きるまで一体化していますが、【悟りの聖者】は、個人としての自分さえも演者に過ぎず、本当は分離のない実在だと気づいているのです。

悟りを見出すと、肉体がある期間は、演者としての自分を演じるけれど、本来の自分は神そのもの(ワンネス)であるという確信的自覚が芽生えます。

悟りは仏教だけではなく、全ての宗教の目指すところ、また宗教を超えた叡智です。

実は、老子・ブッダ・キリスト・シャンカラ・ルーミーなど、高い精神性を備えた人達や、プラトン・プロティノスなどの哲学者、アウグスティヌス・アビラのテレサのような聖人も…彼らは全て【悟り】を開いた人物です。

世界中の偉人や聖人たちの格言は、【個々の個人は幻想であり、本来は神と一体であり、ワンネスこそが実在である】という真理をそれぞれの角度で説明しているに過ぎません。

どの賢者の言葉も、【自我の私という感覚は幻想である】という真実を指し示していることがわかります。

悟りを開くために苦行や無理な修行は必要ありません。

ブッダも無理な修行を行った末に、『苦行は逆にエゴを増長させる』という結論に至り、何事もほどほどの【中道】(ニュートラル)を説きました。

悟りは一切の概念のない境地(存在そのものがない、完全なるワンネス)なのです。

【悟りを開く】というのは、あらゆる宗教のゴールです。

先代の悟りを開いた聖者達の多くが、【真の幸福・真の自由は悟りにある】と気づいたからであり、このゴールはおそらく数百万年経った後も変わることがないでしょう。

【悟り】は全ての人が見出せるものなのです。


【悟りの境地】とは

分離したものはいない、分離したものが存在するように見えるこの宇宙世界は全て幻想であり、その幻想から覚めて、全てが一つである、そしてそれは【無条件の愛】であると見出す境地なのです。

ですが、【悟りの境地】にたどり着くことは、決して出来ません。

というのも、たどり着く個人・自我が消えた時に見出される境地こそが【悟りの境地】だからです。

悟りの境地という真理は、永久不変です。


曼荼羅アーティスト Petit Piano